飲食業界で外国人従業員の雇用が増える中、給与計算や税金の取り扱いに頭を悩ませる経営者・人事担当者は少なくありません。本記事では、外国人従業員の給与計算と源泉徴収について、基本的な仕組みから実務上の注意点まで詳しく解説します。
1. 基本原則:日本人従業員との共通点
外国人従業員の給与計算は基本的に日本人従業員と同じルールが適用されます。
共通する主な項目
- 労働基準法に基づく最低賃金の遵守
- 残業代の計算(時間外労働の割増賃金)
- 休日出勤や深夜勤務の割増賃金
- 社会保険料の控除(適用要件を満たす場合)
- 所得税の源泉徴収
ポイント: 国籍による賃金差別は労働基準法で禁止されています。同じ仕事内容であれば、日本人と外国人で基本給に差をつけることは避けるべきです。
2. 在留資格による違い
外国人従業員の給与計算で最初に確認すべきは在留資格(ビザ)です。在留資格によって就労時間や条件に制限があります。
主な在留資格と就労制限
- 就労ビザ(技術・人文知識・国際業務、技能など): フルタイム勤務可能
- 特定技能ビザ: フルタイム勤務可能、職種限定あり
- 技能実習ビザ: フルタイム勤務可能、職種・作業限定あり
- 留学ビザ: 週28時間以内の資格外活動許可が必要
- 家族滞在ビザ: 週28時間以内の資格外活動許可が必要
- 特定活動(ワーキングホリデーなど): ビザ条件による制限あり
注意点: 在留資格の条件に反する就労をさせた場合、不法就労助長罪に問われる可能性があります。給与計算の前提として、適切な在留資格と就労時間の管理が必須です。
3. 源泉徴収の基本ルール
居住者と非居住者の区分
外国人従業員に対する源泉徴収は、まず「居住者」か「非居住者」かの区分により異なります。
- 居住者: 日本国内に住所を有する、または1年以上の居所を有する人
- 非居住者: 上記以外の人
居住者の場合(一般的なケース)
ほとんどの外国人従業員は「居住者」に該当します。この場合、日本人従業員と同様の源泉徴収ルールが適用されます。
- 源泉徴収税額表の適用
- 「月額表」または「日額表」を使用
- 扶養控除等申告書の提出状況に応じた税率適用
- 年末調整の実施
- 12月の給与計算時に年間の所得税額を精算
- 必要書類:扶養控除等申告書、保険料控除申告書など
非居住者の場合
来日して間もない従業員は「非居住者」に該当する場合があります。
- 一律20.42%の源泉徴収
- 給与所得に対して一律20.42%(所得税15.315%、復興特別所得税2.1%)
- 各種所得控除は原則適用されない
- 年末調整は不要
- 確定申告が必要な場合あり
ポイント: 非居住者から居住者になる場合は、扶養控除等申告書を再提出してもらい、税率を調整する必要があります。
4. 租税条約の適用
日本と租税条約を締結している国の国民には、特別な税制上の恩恵が適用される場合があります。
租税条約による免税・減税のケース
- 留学生・研修生免税: 一定の要件を満たす学生や研修生の所得が免税になる場合
- 短期滞在者免税: 一定期間内の短期滞在者の給与が本国で課税される場合に日本での課税が免除
- 教授・研究者免税: 教育機関等で働く教授等の所得が一定期間免税
適用手続き
租税条約の特典を受けるには、以下の手続きが必要です:
- 「租税条約に関する届出書」を税務署に提出
- 添付書類:外国人の居住者証明書、パスポートコピーなど
- 承認後、源泉徴収を免除または軽減
重要: 租税条約の適用は自動的ではなく、必ず事前に届出が必要です。適用要件も国によって異なるため、該当する可能性がある場合は税理士に相談することをお勧めします。
5. 社会保険料の取り扱い
加入要件
外国人従業員も以下の条件を満たせば社会保険(健康保険・厚生年金)に加入義務があります:
- 週の所定労働時間が通常の従業員の3/4以上
- 1ヶ月の所定労働日数が通常の従業員の3/4以上
- 適用事業所に常時使用される者(2ヶ月を超える雇用見込みなど)
※2022年10月以降、段階的に社会保険の適用拡大が進んでいるため注意が必要です。
控除方法
- 保険料の計算: 標準報酬月額に保険料率を乗じて算出
- 折半負担: 事業主と従業員で半分ずつ負担
- 給与からの控除: 従業員負担分を給与から控除
社会保障協定の適用
日本と社会保障協定を結んでいる国の国民は、二重加入防止のため、一定条件下で日本の社会保険が免除される場合があります。適用には「適用証明書」等の手続きが必要です。
6. 給与明細の多言語対応
外国人従業員が給与内容を正確に理解できるよう、給与明細の多言語化は重要なポイントです。
対応方法
- 多言語対応の給与ソフト導入
- 用語集の作成: 基本的な給与用語の対訳リスト提供
- 説明会の実施: 初回給与支給時に詳細な説明を行う
- 図解資料の活用: 控除の仕組みを視覚的に説明
効果: 給与に関する誤解やトラブルを防止し、従業員の満足度向上につながります。
7. 実務上の注意点とよくあるミス
勤怠管理のポイント
- 在留資格に応じた就労時間管理: 特に留学生の週28時間制限は厳守
- タイムカードの徹底: 正確な労働時間記録の保持
- 休憩時間の適切な確保: 労働基準法に基づく休憩付与
源泉徴収のよくあるミス
- 扶養控除等申告書の未提出/更新忘れ: 結果として高い税率で徴収
- 非居住者と居住者の区分誤り: 適切でない税率適用
- 租税条約適用手続きの遅延/忘れ: 本来受けられる減税が適用されない
社会保険のよくあるミス
- 加入要件該当者の未加入: 社会保険料の追納リスク
- 標準報酬月額の誤り: 残業代を含めた適切な等級設定が必要
- 短時間労働者の適用判断ミス: 適用拡大に伴う加入漏れ
8. 年末調整と確定申告
年末調整の実施
居住者である外国人従業員には、日本人と同様に年末調整を実施します。
- 必要書類の多言語案内
- 扶養控除等申告書
- 保険料控除申告書
- 住宅ローン控除証明書(該当者)
- 記入サポート
- 記入例の提示
- 控除対象となる項目の説明
確定申告が必要なケース
以下の場合は、従業員自身による確定申告が必要となることを説明しましょう:
- 給与の年収が2,000万円を超える場合
- 副業収入がある場合
- 年の途中で退職した場合
- 医療費控除などの追加控除を受ける場合
サポート: 必要に応じて確定申告の支援サービスを提供するか、専門家を紹介することで、従業員の信頼獲得につながります。
9. 帰国時の手続き
外国人従業員が帰国する際には、以下の手続きが必要です:
源泉徴収票の発行
- 年の途中で帰国する場合でも源泉徴収票を発行
- 必要に応じて英語表記を併記
年金脱退一時金の案内
- 厚生年金に6ヶ月以上加入していた場合、脱退一時金が請求可能
- 請求方法や必要書類の説明
- 在職中に事前に請求書を入手しておくことを推奨
最終給与の計算
- 未払い給与の精算
- 有給休暇の買取(該当する場合)
- 源泉徴収の適切な処理
10. 実践的なチェックリスト
採用時
- 在留カードの確認とコピー保管
- 在留資格と就労制限の確認
- 扶養控除等申告書の提出依頼
- 社会保険加入手続き(該当者)
- 租税条約適用の検討と手続き
毎月の給与計算時
- 労働時間の在留資格適合性確認
- 適切な源泉徴収税率の適用
- 社会保険料の正確な計算
- 多言語対応の給与明細作成
年末調整時
- 必要書類の多言語案内
- 記入サポート体制の整備
- 適切な控除の適用確認
退職・帰国時
- 最終給与の正確な計算
- 源泉徴収票の発行
- 年金脱退一時金の案内
まとめ
外国人従業員の給与計算と源泉徴収は、日本人従業員と基本的に同じルールが適用されますが、在留資格や租税条約、言語の違いなど、いくつかの重要な違いがあります。
適切な給与管理は、法令遵守のためだけでなく、外国人従業員との信頼関係構築にも欠かせません。特に説明不足によるトラブルを避けるため、給与の仕組みをわかりやすく伝える工夫が重要です。
制度は定期的に変更されるため、最新情報を確認しながら、適切な給与管理を行いましょう。不明点がある場合は、社会保険労務士や税理士などの専門家に相談することをお勧めします。
※本記事の内容は2023年現在の情報に基づいています。税制や社会保険制度は変更される可能性がありますので、実務においては最新の情報を確認することをお勧めします。